映画館の音響システム完全解説

映画館での映画鑑賞が至福の時間となるのは、大画面で見られることに加え、音響の良さも関係しています。実際、映画館ではさまざまな技術を駆使して、視聴者が映画を楽しめるよう工夫しています。ここでは、建設時に行われている防音・遮音・防振などの映画館自体の音響効果と、ハース効果やディレイ対策などが行なえる音響設備について記載します。             

建設時に行われる音響対策       

映画館は設計・建設段階から多種多様な音響対策を講じています。適切な音響対策がされていることにより、館内にいる方にとってはくつろぎの場となり、外部の人は騒音に悩まされません。
では、どのような対策が行なわれているのでしょうか。

遮音・防音設計

映画館建設の際には、遮音と防音の両方を意識して設計にあたります。音を遮断する遮音性能は、部材の重量が深く関係します。遮音部材の重量が増えるほど、遮音性能が上がる仕組みですが、一枚の部材の厚みを増しても遮音量の伸びは限定的です。より効果的に遮音を実現するには、部材と部材の間に空気の層を設ける、つまり二重壁が有効です。防音に関しては、映画館の館内および館外を意識した設計が必要です。
防音性能は「Dr値」という数値で表され、映画館の防音性能はDr65から75と言われています。これは、隣の家のピアノやオーディオなどの音が聞こえないレベルであるDr65よりも防音性能が高いことを示しています。映画館はしっかりと防音がなされ、映画に集中できるよう配慮されていることがわかります。

振動の遮断

映画館は、音だけでなく振動を考えて設計されています。静かな雰囲気の映画を見ているときに、外部の振動が伝わってくるとしたら、映画に入り込むのが難しくなります。特に雑居ビルなどに入る映画館の場合は、天井・壁・床などを通して音とともに振動が伝播するため、振動が伝わる部分にバネやゴムなどの弾性体を入れるなどの工夫がされています。

外部騒音対策

外部の騒音を防ぐポイントは事前調査にあります。映画館を建設する場所の音質や音量を綿密に調査し、データに基づいてオリジナルの設計及び対策を行うことで、心地よく映画鑑賞ができるだけでなく、映画館から出る騒音も抑えられます。

スクリーン間の防音や防振

複数の映画を同時に上映するシネマコンプレックス型の映画館が増えていますが、一つのスクリーンに他のスクリーンの音や振動が入らないようにする工夫も行われています。例えば、一つの空間の中に複数の防振ゴムを置き、その上に一回り小さい箱状の部屋を設置し、上部から防振ゴムで吊るような形でスクリーンを置いて、隣り合う部屋同士の音や振動を効果的に抑えている映画館もあります。

クロストーク(空調設備)への対応

快適な映画鑑賞には、音響のほかに空調設備が不可欠です。ただし、空調設備には建物内の空気を循環させる通気口である空調ガラリや空調ダクトが必要で、それらを通して音が伝わる「クロストーク」が発生する場合があります。映画館では、設計・建築の段階で各設備や配管の位置などを綿密に検討することでクロストークを防ぎ、最適な音響を実現しています。

室内状や吸音材や反射材の使用など

音響のトラブルを最低限に抑える働きがある内装材を使うことで、快適に映画鑑賞ができる空間づくりが可能になります。室内状・吸音材・反射板といった内装材を使うとともに、壁や天井の形状を傾斜させ、余韻を感じさせる長めの響きを大切にしている映画館もあるようです。なお、室内環境は対になる壁が並行だと音が反響しやすくなり、音響障害が発生する原因になります。壁や天井の形状を不整形にして並行になる面を減らすことでトラブルを減らしつつ、音響の拡張性を高めています。          

音響設備の技術と行われている対策     

映画館の音響の良さは、建物自体の造りに加えて音響設備も関係しています。特に既存の映画館のリニューアルでは、快適な音響環境を整備するのに音響設備の果たす役割は大きいといえます。どのような点を考慮して音響設備を設置しているのか、ポイントと行われている対策を見てみましょう。

響きと反射音

映画館では、音の響きや反射音を計算してスピーカーを置く場所を決め、部材を追加するなどして最高の音響環境を提供しています。例えば、映画館の壁の仕上げに吸音素材を使っている場合は、音響調整部材の表面に硬めの部材をはめ込んで音の反射を生み出したり、スピーカーの寸法に合わせてシリンダーの形状を修正するといった対策が取られるようです。音を視覚化できる分析ソフトなどを使い、スピーカーの位置や音響調整部材の有り無しで音の響きがどれほど違ってくるか確認しながら作業するため、快適な音響環境が実現できています。

ハース効果、ディレイ対策

ハース効果とは、同じ音・音量が別方向から聞こえた場合、耳に届くまでの時間差が0.04秒以内であれば、先に聞こえた方向に音源があると耳が認識する現象を言います。なお、ハース効果は、ディレイ(遅延)と言われるエフェクトを使うことで実現できます。ハース効果を活用すると、音に広がりが出て、没入感も促進されます。ディレイはハース効果を実現するために欠かせないものですが、適切に管理しないと音がぼやけたり不自然さが出たりする原因になります。違和感のない自然な音響にするため、ディレイに関して緻密な時間設定が行なわれています。

ドルビー、THXとは

映画館の上映設備は2023年の時点で13種類あるとされます。その中で良く知られているのが、ドルビーとTHXです。ドルビーはノイズやゆがみを低減させる音響技術の総称です。ドルビーにはいくつか種類がありますが、その中でもDolby Atmosは最大64個の独立したスピーカーから音を出力するシステムで、本来、音が発生するであろう位置から音が聞こえる感覚が得られます。大手の映画館を中心に採用が進んでいるのも納得です。なお、スピーカーの配置に縛りがあるDolby Atmosの導入が難しい場合は、適切な位置にスピーカーを動かすことができるDTS:Xが採用されています。

THXはアメリカで音響技術を提供する企業の名称ですが、映画館で頻繁に目にするようになったと感じる方も多いでしょう。THXは音響技術と言うよりも、音響の品質保証の意味合いが強いといえます。THXが実施する認定試験に合格した映画館のみがTHX認定され、認定を受けたスクリーンは質の高い音響を提供しているというお墨付きが得られます。

THXの認定には防音・騒音対策が必須

THXの認定を受けた映画館は、映画を楽しむ最高の空間であることを証明できますが、永続的に認定が受けられるわけではありません。年に1度の間隔でクオリティのチェックが行なわれ、基準を下回った場合は認定が取り消されるからです。認定を維持するには、映画館内外の環境を考慮した対策が必要になります。複数のスクリーンを持つ映画館であれば、隣のシアターからの音に加え、室外からの騒音への対策も求められるでしょう。当然のことながら、防音性能をDr-75からDr-65になるよう、映画館設計段階から配慮しなければなりません。

加えて、スクリーンに映し出された映像が人の目にどれだけ届いているかを数値化した輝度やコントラスト、スピーカーの位置や音圧レベルなど、数多くのポイントをクリアすることも求められます。2020年9月現在、THX認定された映画館がイオンシネマ7館にとどまっている点からも、認定を得て維持する難しさを感じることができるでしょう。                                                                                                                      

映画館の音響を支える遮音対策やハース効果・ディレイなどの技術のまとめ  

映画館の音響は、建物自体の工夫とさまざまな技術に支えられています。防音・防振・遮音対策が施された映画館であれば、快適に映画を楽しめるでしょう。人間が音を感じる仕組みを巧みに使ったハース効果に加え、緻密な時間設定がなされたディレイ対策により、没入感も得られます。また、ドルビーやTHXは映画館のクオリティを確認する指標になります。